イル・サンジェルマンの散歩道


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フランス共和国憲法
2009/05/07 19:49

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 これも憲法記念日には間に合いませんでしたが、フランス共和国憲法の第1条にそって共和国フランスを概観してみましょう。

 フランスの共和制は、大革命によって身分的束縛から解放された個人が、個人的利害を超えた「公的なもの」(共和制はもともと「公共のもの」を意味していました )の存在を認めることによって成立します。それは専制・独裁政治でも世襲制でもない、法によって支配された国家です。

フランス憲法の第1条は、共和国の基本理念を次のように規定しています

フランスは、不可分の、非宗教的、民主的かつ社会的な共和国である。フランスは、出自、人種、あるいは宗教の区別なく、すべての市民の法の前の平等を保障する。フランスは、あらゆる信条を尊重する。フランスは、地方分権的に組織される

不可分の共和国

 フランスの不可分性は、最初は人民と領土の無欠・不可分を指していましたが、今日ではフランスが「出自、人種あるいは宗教の区別なく、すべての市民」によって構成されることをいいます。

非宗教の共和国

 共和制の非宗教性(ライシテ)は、封建領主と教会権力の支配から人民を解放した大革命に遡ります。そして大革命からおよそ100年経過した1881年に、無償かつ非宗教の学校が設立され、1905年に宗教の自由および教会と国家の分離に関する法律が成立しました。非宗教の原理は本来カトリック教会に対するものでしたが、宗教の多様化が進むなかで、この原理の意味を問い直す議論が続いています。

民主的な共和国

 民主的な共和制は、主権が国民全体に属し、個人あるいはグループには属さないことをいいます。

 憲法の解説書では、「民主主義は二つの概念からなる。ひとつは多数決の原理に基礎をおく多数決民主主義で、共和国フランスはこれを体現している。もうひとつは自由の原理の上に基礎をおく自由な民主主義であり、権力が少数者(の権利)を侵害しないということである。アメリカ合衆国の民主主義は、こちらに重点をおいている」と、アメリカ合衆国と比較しています。これは国家の役割を積極的にとらえるか(たとえば社会保障、規制・監督など)、あるいは消極的にとらえるかの違いです。

 そして「こんにち未完の民主主義は、統治される者が統治するものを自由に選ぶことを拠り所とする権力の配分の仕方(自由の原理)と、人権の尊重すなわち各人が同じ価値をもつこと(平等の原理)に基礎を置く」と規定し、民主主義が発展途上にあることを自認しています。

社会的な共和国

 そして社会的な共和国とは、「人と市民の権利宣言」のなかの平等の原理を適用することです。「平等はまだ現実のものになってはおらず、その実現はいまだに途上にある。平等が適用される領域は、市民的、政治的、社会的、同時に経済的な領域である。」と解説書は語っています。

フランスの地方分権

 フランスでは大革命以来、個人と国家の関係は無媒介的に対置させれられてきました。結社の自由も長い間認められませんでした(労働組合の自由は、1884年に認められる)。地方分権も同様で、フランスは長いあいだ中央集権的伝統の中にありました。地方分権については、2003年になってはじめて憲法に書き込まれました

共和国における女性の権利

 フランスの共和制を語るとき、ぜひとも問題にしなければならないのが、女性の権利と植民地問題です。革命当時、「人と市民の権利宣言」は男性のための権利宣言だとして(フランス語では、人間も男も同じ単語homme を使います)、「女と女性市民のための権利宣言」を書いた女性の劇作家がいましたが、共和制は封建的家父長制を引き継ぎ、公共の空間(政治を含めた)はもっぱら男性が独占し、女性は私的空間(家庭)で家事と育児に専念すべきであると主張してきました。女性の選挙権が認められるのは第二次世界大戦の終わった1944年でした。

共和制と植民地問題

 フランスの植民地が最も拡大したのは、皮肉にも第三共和制の時期でした。そして共和制のもとで制度化された公立学校では、植民地経営の重要性が教えられました。大革命のスローガンであった「自由・平等・友愛」は奴隷制廃止の論拠とはなりましたが、植民地問題については、共和制は非文明国の文明化を口実としました。第二次大戦後のアルジェリア人民とベトナム人民の独立のたたかいは、あらためてフランス共和制の理念を問い直しました。

共和制と徴兵制

  フランスでは1990年代に廃止されるまで、大革命いらい徴兵制が存在しました。徴兵制を敷いた共和制においては、死に対しても平等であるというわけです(但し男性のみ)。徴兵制を廃止し、軍隊を職業化した後も、「市民としてたどる道」(防衛についての教育、16歳での登録等)という制度を設け、共和国防衛の活動に自主的に参加する義務をもとめています(男女を問わず)。

何度も蘇った共和制

  フランスは大革命後、二度の王政、二度の帝政を経験しています。そのたびに人民の革命によって、共和制が復活しました(第一、第二帝政は自滅)。そして共和制の諸原則が憲法に明記されたのは、革命からほぼ100年たった第三共和制によってでした。まさに人民の犠牲の歴史をそこに見ることができます。



カテゴリ:共和制

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