この歌をつくったGaby Verlor(1921-2005 本名Gabrielle Vervaecke) は、1950年から55年にかけてジャン・ダブリルJean Davril とデュエットで歌っていましたが、ジャンが交通事故で亡くなってしばらくソロで歌手活動を続けていました。ロベール・ニールRobert Nyel と出会ってから作曲を手がけ、ロベールと数々のシャンソンの名作を世に送り出しました。ブールヴィル、ジュリエット・グレコ、コーラスグループのフレール・ジャックなども彼らの作品を歌いました。このLe petit bal perdu 今はない小さなダンスホールは、日本では「失われた踊り場」が一般的な題名です。フランスではC’était bien 「あの頃はよかった」という別名もあります。ここではブールヴィルが歌っています。
今日取り上げるジョルジュ・ブラッサンス George Brassens は、モンペリエの近くの港町セートで生まれました。ですから彼の作品にはラング・ドッグや南仏にちなんだ歌もみられます。はやくから詩に興味をもち、いくつかの詩や歌詞を書いています。1940年にパリに移り、ルノーの工場で働きながら歌を作っていました。彼はいつも机の上でリズムをとりながら、韻を生み出しました。およそ250曲をつくりましたが、レコーデングされたのは200曲でした。「ベンチの恋人たち」は1952年につくられました。親しい友人であるジャック・ブレルは、「ブラッサンスの歌は、好き嫌いにかかわらず、一度聞く価値がある」と評しています。詩人であり、歌手であるブラッサンスは、1981年に60歳でこの世を去りました。