連帯 その2
連帯の思想
フランス革命以後共和主義者は、個人と国家の関係を無媒介的に向き合うものとして考えてきました。しかし19世紀になると産業化と都市化がすすみ、とりわけレッセー・フェ―ルの政策は、さまざまな社会問題を産み出しました。フランスは、革命以来の個人と全体の関係をさらに発展させる原理を必要としたのです。さまざまな理論が展開され、そのひとつに「連帯」の思想がありました。
「連帯」の概念は、ダーウィンの「種の起源」を契機とした生物学への関心を背景に、哲学や社会学の分野で探求されました。自然界における生物の相互依存(自然的連帯)を、人間社会においても認めようとする考え方です(社会的連帯)。そしてこの「連帯」の概念を、現実に社会をうごかす理論として体系化し広めたのが、第3共和制の政治家レオン・ブルジョアでした。
社会的負債
レオン・ブルジョアは連帯を探求した先輩たちにならって、人間を、社会を構成する他のすべての人間との関係においてだけではなく、自分につながる世代との関係においても考えます。つまり同世代においては他の人間が生産したものやサービスを享受し、また生まれたときから先人が残した物質的かつ精神的な社会的遺産の恩恵に浴しているというのです。つまり「人間は、人間社会の負債者として生まれてくる」のです。たとえば道具を例にとっても、「われわれ自身の中に溶け込むよう、過去において絶えず手が加えられた」のであり、言葉も、「言葉のひとつひとつは、無数の祖先が蓄積し定着させてきたもの」なのです。そして親から独立して一人前になったときから、いわば「社会的負債」を負う負債者となります。「個人がその権利を行使するとき、つねに社会への負債を意識しなければならない」のです。 (連帯という言葉は、もともと法的な共同責任を指していました)
この債務は、同時代に生きる自分以外の人間に対してだけでなく、未来の世代に対しても負わなければなりません。この人格形成期に負った債務は二重の債務であり、社会に出て労働し(社会的遺産の維持)、なおかつ人類の発展に貢献する(社会的遺産の引継ぎ)ことによって返済しなければならないといいます。この自由の重しともいうべき二重の返済を終わったときに、人は完全に自由になると。
フランス革命以後共和主義者は、個人と国家の関係を無媒介的に向き合うものとして考えてきました。しかし19世紀になると産業化と都市化がすすみ、とりわけレッセー・フェ―ルの政策は、さまざまな社会問題を産み出しました。フランスは、革命以来の個人と全体の関係をさらに発展させる原理を必要としたのです。さまざまな理論が展開され、そのひとつに「連帯」の思想がありました。
「連帯」の概念は、ダーウィンの「種の起源」を契機とした生物学への関心を背景に、哲学や社会学の分野で探求されました。自然界における生物の相互依存(自然的連帯)を、人間社会においても認めようとする考え方です(社会的連帯)。そしてこの「連帯」の概念を、現実に社会をうごかす理論として体系化し広めたのが、第3共和制の政治家レオン・ブルジョアでした。
社会的負債
レオン・ブルジョアは連帯を探求した先輩たちにならって、人間を、社会を構成する他のすべての人間との関係においてだけではなく、自分につながる世代との関係においても考えます。つまり同世代においては他の人間が生産したものやサービスを享受し、また生まれたときから先人が残した物質的かつ精神的な社会的遺産の恩恵に浴しているというのです。つまり「人間は、人間社会の負債者として生まれてくる」のです。たとえば道具を例にとっても、「われわれ自身の中に溶け込むよう、過去において絶えず手が加えられた」のであり、言葉も、「言葉のひとつひとつは、無数の祖先が蓄積し定着させてきたもの」なのです。そして親から独立して一人前になったときから、いわば「社会的負債」を負う負債者となります。「個人がその権利を行使するとき、つねに社会への負債を意識しなければならない」のです。 (連帯という言葉は、もともと法的な共同責任を指していました)
この債務は、同時代に生きる自分以外の人間に対してだけでなく、未来の世代に対しても負わなければなりません。この人格形成期に負った債務は二重の債務であり、社会に出て労働し(社会的遺産の維持)、なおかつ人類の発展に貢献する(社会的遺産の引継ぎ)ことによって返済しなければならないといいます。この自由の重しともいうべき二重の返済を終わったときに、人は完全に自由になると。



