社会的権利はすべての人が有する
すべての人は尊厳をもって生き、社会の中で自分の役割を充分に果たすことができるはずです。そのために、いくつかの権利が必要です。教育を受ける権利は、すべてのひとに16歳まで保障されます。そして大人になるとだれでも、職業訓練を受ける権利を有します。

健康に生きる権利は、1945年に社会保障という連帯の制度ができたことによって充実しました。そして1999年には、すべての人が治療を受けることができる全医療保障制度CMU*が創設されます。

しかるべき居住の権利は、1990年3月31日の法律によって確立しました。
*社会保障制度の非適用者をカバーする制度
排除をしない、それは共同体の責任
いくつかの権利は、困難な状況にある人が社会復帰するのに手を貸します。

1988年から社会復帰最低所得保障RMI*を受ける権利が、最も貧しい人にみとめられました。貧しい家庭は入学準備金を受け取ります。そして一人あるいは数人の子どもを一人で育てている人には、片親手当が支給されます。若い障害者は、たとえば試験がその人の条件にあった方法でなされるなど、特別の援助が与えられます。

こうした援助の資金は、社会保障分担金や税金によってまかなわれます。
*職を奪われ、失業手当の期限が切れた、25歳以上の人すべてに最低収入を保障し、職への復帰を奨励するための手当。2005年には、独身者に月425ユーロ、子どもが一人いる人には626ユーロが支給された。
聴力障害者の英語教育「私は難聴の生徒については、成績評価をしないようにした。[…] 記述については、評価する。生徒が何について学んだかを評価しきれないので、記述についての評価を全体の評価にすることが、英語の授業においてはふさわしい」。
Christophe B、統合教育単位UPIの英語教師、2005年
1946年憲法の前文 「国は、子どもと成人が、教育、職業訓練、教養を獲得する機会が平等であることを保障する。公的な教育組織は、すべての教育過程において無料であり、脱宗教であることは、国家の義務である」。
社会復帰のための活動「カルメンは心のレストラン*で食事をとり、職業安定所ANPEに登録し、社会復帰最低所得保障RMIを受け取り、孤独の中で暮らす。近所からスポンジ、削り器、バケツを借りる。
カルメンは商店に行き、『働きたいのです。私は自立したばかりなんです。ショーウインドを洗わせてもらえませんか』と頼んだ。10軒の商店が受け入れてくれた。初めにしては上出来である。
カルメンは手工業会議所に登録し、清掃会社を設立した。手工業会議所は彼女のために、経済的イニシアティーヴをとる権利のための団体ADIEに連絡をつけてくれた。1988年にMaria Nowackが創設した、銀行から排除された人々のための銀行である。貸し付けが認められ、カルメンを後押しした。[…] そのことは、二つのことをもたらした。国と地域圏からも貸し付けが認められたのである。[…] 今日、彼女の会社は31名の従業員を数える」。
ル・モンド紙、2005年、5月21日
*ユーモリストのコリューシュが1985年に創設した「心のレストラン」は、貧しい人のために食べ物を提供し、社会復帰のために住居の援助、職業訓練といった活動をおこなっている。
1946年の憲法前文 「人はすべて、年齢、身体的あるいは精神的状態、経済的事情によって、労働不能の状況にある場合、共同体から生存にふさわしい財政的措置を受ける権利がある」。
<質問>
1.カルメンを、排除から抜け出させたのは何ですか?
2.誰が、彼女を助けましたか?
3.労働不能にある人たちに援助の手を差し伸べるのは誰ですか?
社会福祉住宅の不足 「社会福祉住宅の不足は、最近はじまったことではない。今日、130万世帯の申請が未処理のままである。この不足の重大さは、まずもって最貧困層、若者、大家族に影響を及ぼしている。そして社会復帰を妨げ、不衛生な住居を増大させ、都市のゲットー化を促進している」。
Élie Maréchal,、ル・フィガロ紙、2005年8月19日
1990年5月31日の法律 「居住を保証することは、国民全体にとって連帯の義務を構成する。特別の困難を抱える個人あるいは家族はすべて、しかるべき住居を取得し、そこにとどまるために共同体の援助を受ける権利を有する」。
フランスの中学3年生(日本の中2)の教科書「明日、市民になる」より
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