私にとって68回目の新年を迎えました。私が1歳の頃、郷里の福岡も激しい空襲が襲いました。奇跡的に私の家は残ったそうです。そしてグラマンの機銃掃射の弾が、私のおむつを貫通したと母から聞きました。私は奇跡的に、命を奪われなかったのです。
戦後になって、私は民主教育を受けました。日本国憲法の理念に基づいた教育です。民主主義そして平和の憲法は、私より2年半遅れて誕生しました。思えば日本国憲法は、私の人生と同じほどの年月を歩んできたことになります。
私の身体は少しガタが来ていますが、日本国憲法は今の世界の動きを先取りしたかのように、ますます輝いています。私が戦争によって生命を奪われることなく、そしてなによりも他の人の生命を奪うことがなくここまで来たことを、あらためて日本国憲法に感謝しています。
つい最近、日本国憲法を、歴史と世界の動きに逆行する憲法にしようとする政治勢力が多数を占めました。再び生命を奪われ、他の人の生命を奪う憲法にしようというのです。人の尊厳と幸福に生きる権利を制限する憲法にしようというのです。そして改憲案の前文には、日本を天皇を中心とする民族の誇りを持った国にすることを謳っています。日本国憲法によって断絶したはずの戦前に戻そうというわけです。
日本国憲法を変えようとする動きは以前からありました。改憲阻止のたたかいとともに、戦争の悲惨な経験と民主主義の感覚をもつ国民世論の前に、改憲派は手をつけることができなかったのだと思います。しかしこの経験と感覚を次世代が充分に継承したかという点で、私は少し不安になるのです。
昨年暮れの選挙の結果は、もちろんマスコミや選挙制度の問題もありますが、私たちは、わずかな隙を狙われたのではないかと思います。そうした情勢の下で、2013年は護憲と改憲のこれまでにないせめぎ合いになる年になるでしょう。そして国民の脱原発の願いとその運動は、それにぴったりと重なるのではないかと思います。なぜなら、その願いは憲法に記されていることであり、その運動は改憲によって大きく制限されることになるからです。
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